出願
出願の種類
欧州特許出願(欧州特許条約 [EPC]に基づく直接出願)
≪メリット≫
・1つの特許庁(欧州特許庁=EPO)に対して1つの言語(EPC公用語のうち1つ)で出願や審査手続きが可能
→EPの各国ごとに手続きをするよりも簡単です。
・各指定国の言語による翻訳文(明細書全文)提出期間を特許付与後まで稼げる
→複数の国を指定してEP出願をしたとき、特許付与までに、どの国で権利化したいかを決めて、本当に権利化をしたい国にだけ翻訳文を提出すればOKです。
・優先期限などの出願する期限が迫っていて、国内出願用にその国の公用語に明細書を翻訳する時間がないときに、緊急手段としてとりあえずEP出願をしてもよい
・EP出願をすると、サーチレポートの発行によって、先行技術の存在や新規性や進歩性などの評価を、審査が始まる前に知ることができます。このサーチレポートの結果に基づいて、将来的な権利化の方向性を指定国なども含め検討することが可能です。
≪デメリット≫
EPCに基づきなされた出願が審査において拒絶されたり、または異議申し立てにより特許が取り消しになると、全指定国で権利化ができなくなります。一方、国内出願を国別に行うと、A国では拒絶されても、B国では権利化できることもあります。
国内出願(各国別の出願)
EPCの発効前から行われていた方法ですが、国内特許庁(EPC加盟国の各国特許庁)に対して出願すること(国内出願)も可能です。この場合は、各国の公用語による手続きが必要です。
≪メリット≫
・出願国が1,2カ国程度と少ない場合は、国内出願の方がトータルにコストや手間が抑えられる
・各国の特許庁で別々に審査されるため、拒絶されるか、許可されるかはそれぞれの国による
・EPCベースの出願と違って、異議申し立て制度がないので、特許付与後の取り消しのリスクがない
・各国ごとに異なるクレーム(**)
欧州特許出願をすると、単一の手続きにより欧州特許を取得することができる反面、欧州特許は、原則として、単一のクレームしか含まないものとなる(ただし、規則87によって、一定の条件下で、指定国ごとに異なるクレームを含ませることも可能であるが、例外的といってよいであろう)。原則として、欧州特許は各指定国において、同一の権利範囲を有する。
しかし、欧州特許は「国内特許の束」であるため、権利侵害の判断は国内裁判所に委ねられ、独自の権利解釈が行われることも少なくない。また、異議申立て期間の経過後、欧州特許を無効にするためには、国内特許庁ごとに無効手続きをしなければならないが、特許要件の判断は国内特許庁で異なる。従って、各国の特許実務に合わせて、異なる範囲のクレームによって特許を取得するメリットはある。ただし、この方法では、審査での対応などの手続き負担が重く、費用もかさむことを了解しておく必要がある。
≪デメリット≫
・国ごとに別々に手続きをしなければならず、国ごとに様式やルールが異なることが多いため、出願人にとって手間がかかる
・国ごとの公用語に翻訳が必要
国内出願の出願書類は、原則、その国の公用語で作成する必要がある
→翻訳にかかる時間を考慮して、通常よりも出願準備期間に余裕をもって着手しなければなりません。
PCTルートの欧州特許出願(Euro-PCT出願)
PCTルートでEPCを指定して国際出願をすることをEuro-PCT出願といいます。例えば、日本の企業がPCTルートで国際出願をするとき、日本国特許庁(JPO)にJP、US、EPC等の複数国を指定して出願しますが、この時、欧州の国々をEPCとしてまとめて指定でき、欧州の各国の指定は不要です。
≪国際出願のメリット≫
・手続きが簡単
国際出願は、1つの特許庁(日本人又は日本企業の場合は日本国特許庁)に対して、1つの言語(日本語でもOK)で作成した国際出願を行うというシンプルな手続きで、同時に多くの国々へ出願することができます。尚、簡単な手続きという点では欧州特許出願と同様ですが、国際出願なら日本語で出願が可能なので、より便利です。
・時間的に余裕をもって出願準備できる
EPCを指定して国際出願をすると、EPOの公式言語の1つ(英語/ドイツ語/フランス語)による明細書等の翻訳文の提出や手数料の支払いを、優先日から31カ月までに完了させればOKです。
・緊急手段として
国際出願は、日本特許庁に日本語の明細書で出願が可能なため、出願期限が迫っていて英文明細書を準備する余裕がない時などに緊急手段としても利用されます。
≪国際出願のデメリット≫
・コスト面
国際出願の場合、通常のEP特許出願に加えて、国際段階での手続きが加わる分、費用が割高になると言われています。尚、国際出願の費用は、国際段階での対応や手続きによって変動します。しかし、翻訳文提出までに時間的余裕を得られることや、単一性基準がゆるいため分割出願の回避といった潜在的コストを考慮すれば、全体として割安であるという見方もできます。
・二重の審査
国際予備審査請求をすれば、国際予備審査機関が発明の新規性、進歩性及び産業上の利用可能性について審査を行います。その審査において、特許性を肯定する国際予備審査報告を受け取れば、各国で権利化し易いと言われています。
しかし、実際には国内移行をした後に、新たな先行技術が引用されてオフィスアクションを受けることが少なくありません。流れとしては、国内移行した後に、実質的にその国の特許庁による審査を受け直すことになり、その国際出願について特許を付与するか否かを最終的に決定する権限は、各国特許庁にあるのです。
特に、日本の特許庁が国際調査報告や国際予備審査報告を作成し、先行技術として日本語の文献しか引用されていない場合は、EP地域段階で英語の先行技術が新たに引用されてオフィスアクションを受けることがしばしばです。
先願主義
EPCでは先願主義を採用しているので、2以上の者が同じ発明をした場合に最先の出願日を有する出願人が特許を受ける権利を持つことになります。ただし、そのEP特許出願が先願となるためには、公開されていることが条件となり、先願の地位は指定国に限り有効になります。
出願書類
・願書
・明細書
・クレーム
・図面
・要約
指定国
例えば、GB, DE, FRなど、必要な国だけを指定してもよく、「全指定」としてもよいです。国を指定する際には指定料の納付が必要で、納付期限は、欧州特許公報がサーチレポートの公開に言及した日から6カ月以内です。
国の指定は、EP特許の付与までのいつでも取り下げることができ、すべての指定の取り下げは、EP特許出願の取り下げとみなされます。指定を取り下げても、指定料は返還されません。
手続き言語
EP特許出願は、EPOの公用語(英語/フランス語/ドイツ語)の1つで行われなければならなりません。
これら以外の公用語を持つ締約国に居住するかまたは営業の本拠を持つ者又は法人、もしくは海外に住む締約国の国民は、最初にその締約国の言語で出願することができますが、出願から3カ月以内に英語、フランス語、またはドイツ語の翻訳文を提出しなければなりません。
提出される翻訳文は、出願時の原文と一致していなければなりません。翻訳文が期間内に提出されなければ、出願は取り下げられたものとみなされます。尚、日本はEPC締約国ではないので、日本に営業の本拠を持つ企業は、締約国に営業の本拠を持っていないことになり、日本語でのEP特許出願はできません。
出願後の手続きの言語
出願時の言語、または後に翻訳された言語(英語/フランス語/ドイツ語)が手続き言語となります。EP特許出願の補正などは、この手続き言語で行う必要があります。
分割出願は、親出願の手続き言語で行う必要があります。
証拠などの言語
証拠として用いられる書面は、どの言語でも提出可能です。
ただし、EPO公用語のうちのいずれかの翻訳文の提出を求められる場合があります。
優先権の主張
EP特許出願時には、優先権主張が可能です。
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≪優先権の宣誓≫
先の出願の出願日、出願国、出願番号の申し立てによって、出願時に優先権の宣誓をしなければなりません。
≪先の出願の翻訳文≫(**)
先の出願の翻訳文を提出しなければならない場合は、EPOによって設定された期限内で、遅くとも規則51(4)に基づき指定された期限内に提出されなければなりません。なお、規則51(4)は、EPOが、出願人に対して指定期間内に、特許を付与しようとしている原文の承認、特許料の支払い及びEPOの公用語によるクレームの翻訳文を提出しなければなりません。
また、EP特許出願は先の出願の完全な翻訳文であるという宣誓書を提出することもできます。この場合は、願書の所定のボックスにX印をつければよいだけです。この宣誓書は、出願するEP特許出願の本文が先の出願の本文(説明部とクレーム)の正確な翻訳文であるときに有効です。それ以外の場合、あるいはEP特許出願の内容が先の出願よりも増えていたり、減っている場合には、この宣誓書は受け入れられません。したがって、先の出願の完全な翻訳文を提出しなければなりません。なお、単なる記載事項(例えば、クレームと明細書本文)の配列の変更があっても、この宣誓書は有効です。
国際出願の国内移行手続き
EPへの国内移行手続き
出願人は原則として、優先日から30カ月以内に各指定国への移行手続きをします。
EPへの移行手続きは、優先日から31カ月以内に行わなければなりません。また、出願人の希望により、早期に移行手続きが可能です。
出願後の手続き
審査請求
EP特許公報がサーチレポートの公開に言及した日から6カ月以内に手続き可能です。
もし期限内に審査請求しなかった場合でも、不提出の通知から1カ月以内に提出可能です。
それでも、提出されなかった場合は、出願が取り下げられたものとみなされます。
また、出願と同時など、サーチレポート送達前でも審査請求は可能です。
→この場合、EPOより出願人に対し、6カ月以内に審査継続を希望するか否かの確認を求める通知が発行されます。この通知に対し出願人が応答しなかった場合、出願が取り下げられたものとみなされます。
※Euro-PCT出願の場合:
国際調査報告の公開から6カ月、または優先日から31カ月のいずれか遅いほうまでに審査請求手続きをしなければなりません。
実体審査の開始前
≪サーチレポート受領後の補正≫
・自発補正(*)
サーチレポートの受領後であって審査官の最初の通知前において、出願人は、自発的に、サーチレポートに対するコメントと、説明部、クレーム及び図面に対する補正書を提出することができる。この自発補正は、出願の不備を訂正する目的に限られず、その目的は出願人の自由な意思にゆだねられる。ただし、補正は、出願当初の出願の内容を超えて拡張した課題を含んではならず、またEPCに定める他の要件を満たさないものであってはならない。
・発明の単一性(*)
実体審査において、出願人が発明の単一性の欠如に関するサーチ部の見解に同意していないが、追加の調査料を支払っていた場合、審査部に対して調査料の払い戻しを求めることができる。この場合、審査部は改めて発明の単一性について審査する。
出願人がサーチ部に対して追加の調査料を支払っていない場合であっても、審査部は発明の単一性について検討する。審査部が、発明の単一性を満たしていないというサーチ部の見解が適法であると判断したときは、サーチの対象となった発明についてのみ審査を行う。
出願人がサーチ部に対して追加の調査料を支払った場合、実体審査の初期に、いずれの発明について審査を受けるかについて述べることが審査部によって求められる。出願人は、複数の発明のうち1つに審査の対象を限定するか、あるいは分割出願をすることができる。
≪PACEプログラム≫(*)
PACE(加速審査プログラム)は、EP特許出願の急増に伴い、審査負担の増加が生じ、結果として審査の遅れが見過ごせない状況に鑑み、EPOが発動したプログラムです。EPOによれば、PACEの申請により、審査に要する期間を著しく短縮できるとしている。
この請求は、出願後でを出す党あればいつでもすることができる。ただし、Euro-PCT出願については、EP段階への移行と同時またはその後に請求することができます。Euro-PCT出願について移行手続きと同時にPACEを請求したのであれば、方式審査、補助欧州調査及び実体審査のすべての手続きが加速されることになります。補助欧州調査が不要なEuro-PCT出願であれば、方式審査と実体審査が加速されることになります。
PACEが請求されると、EPOは、審査部が出願を受け取った時点またはPACE請求から、3か月以内に審査に関する最初の通知(例:OA)を出すようあらゆる努力をすることとなっている。
審査官からの通知(*)
≪審査官の最初の通知≫
審査官の最初の通知は、原則として、出願に関するすべての拒絶を含むものとなる。例えば、それは方式的要件と特許要件(新規性、進歩性)の両方を含む。
ただし、審査官が適切と判断した場合には、主な違反のみを通知し、その後にさらなる審査を行うこともある。例えば、クレームが明らかに新規性がなく、大幅な書き換えを要するとき、クレームの明確性について拒絶をしても意味がない。このような場合は、最初に新規性の欠如が通知されることがある。審査官は、審査の初期段階で、出願の特許査定または拒絶査定に過度の遅れなく到達するよう最大限の努力をすることとなっている。
審査官からの通知は、出願のどの部分がEPCに定める要件を満たしていないか、そして該当する条文または規則を明示されている。もし、先行技術が引用されているときは、その先行技術のどの部分が関連しているかが明示されている。また、通知には、出願人にその違反を解消するための機会が与えられる旨が記載される。
出願人は審査官からの通知に対して、指定された期間内に、反論及び補正書を提出することができる。
なお、出願人がサーチレポートを受領してから審査官からの最初の通知の前において、出願人が自発的に補正をすることがある。この補正が審査官からの通知の発送後に審査官の手元に届くことがある。この場合、審査官はその補正を考慮して、補助的な、または訂正した通知を新たな応答期限とともに通知する。
≪審査で考慮される先行技術文献≫
・サーチレポート
・非公式言語による文献
・54条(3)に該当するEP特許出願
審査官は、54条(3)に該当するEP特許出願を発見するために、付加的調査をすることが必要。サーチ部による調査が行われた時点では調査結果にこの種の文献が含まれていないことがある。また、審査対象となっているEP特許出願の優先権の有効性も確定していないので、この付加的調査はそのEP特許出願の出願から18か月経過するまでに公開されたすべてのEP特許出願をカバーするように行われる。
もしPACE(加速審査)が請求されているなどの理由によりこの付加的調査が間に合わないと思われる場合であっても、特許査定はこの調査が完了するまで発行されないこととなっている。
・追加調査
審査官がサーチ部に知丘調査を依頼する場合がある。
例えば、サーチ部がクレームについて有意義な調査をすることができない程度に出願が条約の規定を満たしていないときには、調査をすることができない旨が宣言されるか、または部分サーチレポートが作成されるが、後の補正でこの不備が解消されたときには、追加調査が必要になる。
また、サーチ部が発明の単一性を満たしていないと認定し、出願のある部分についての調査を行っていなかった場合において、審査官がサーチ部の認定に同意しなかった場合も追加調査が必要になる。
また、クレームが補正されて、その範囲が当初のサーチレポートがカバーされないものとなった場合にも、追加調査が必要になる。
追加調査が必要になった場合、審査官はサーチ部に追加調査を依頼する。
≪Euro-PCT出願の審査≫
国際出願(PCTルートのEP特許出願)についても、通常のEP特許出願と同様に審査が行われる。ただし、EPO以外の国際調査機関が国際調査報告を作成したときは、この国際調査報告と併せて、EPOが作成する補助欧州調査(Supplementary European Search)の報告も考慮される。
出願人の応答(*)
≪応答できる期間≫
審査官の通知には、出願人が応答し得る一定の応答期間が指定されている。
応答期間の長さは、問題となる作業を行うために必要な仕事量に応じて、個々の案件ごとに、(EPOの裁量によって)定められる。
なお、いくつかの期間ついては、最低限確保すべき期間が規則に定められている場合がある。例えば、規則1(3)に定める証拠として使われる文献の翻訳文の提出期限は、1か月以下であってはならない、とされている。審査における応答期間は、通常は4か月が指定される。
≪期間の延長≫
この期間は請求により延長することができる。ただし、応答期間の期限前に書面により延長を請求しなければならない。
延長された期間が、トータルで6か月を超えない場合には、特段の理由がなくても受理される。トータルで6か月を超えるような延長は、例外であり、特段の理由がある場合に限られる。例えば、代理人または出願人が事案を期間に対応できない深刻な状況にある場合や、膨大な生物学的実験を行わなければならないような場合に限られる。一方、予見可能な状況や回避できたと思われる理由は認められない。例えば、他の業務による重圧などは理由として認められない。
≪応答期間を徒過した場合の出願の回復と処理続行≫
EPOの指定する期限内に応答しなかったことにより、EP特許出願の拒絶またはEPP特許出願の取り下げ擬制があったときは、出願人の請求により、これらの法的効果はなかったものとされ、出願の処理が続行される。
処理続行の請求は、出願の拒絶査定または出願が取り下げられた旨の通知がされた日から2か月以内にしなければならない。また、すべきであった手続きもこの期間内に完了しなければならない。
この処理続行に関する規定は、96条(2)にいう、出願が条約及び規則に定める要件を満たしていない旨の通知に対する応答について適用される。
なお、類似の規定として122条があるが、122条はEP特許出願の処理続行ではなく、主として喪失した権利(loss of rights)の回復について規定している。
主請求と副請求
≪主請求と副請求の意義≫
審査官がEP特許出願が条約及び規則に定める要件を満たしていないと判断したとき、審査官は、その拒絶の理由を通知するが、これに対して、出願人は複数組のクレームを提出することができる。
この複数組のクレームのうち、出願人が主と考えるものを主請求といい、主請求が認容されなかった場合の他の選択肢となるものを副請求という。副請求は、複数あってもよい。また、主請求に加え、副請求を複数提出する場合は、出願人は審査を受けることを希望する順位を決めなければならない。過剰に数の多い副請求の提出は認められない。
主請求とともに副請求を提出するときは、主請求を最も広いクレームとし、副請求はそれよりも範囲の限定されたクレームにすることが望ましい。
なお、複数の副請求があるときは、特許を受けられるとされた副請求よりも優先順位の低い副請求は審査されない。
≪主請求と副請求の趣旨≫
この主請求と副請求の提出は、EPO特有の実務である。このような実務を認める理由は、次のような事情による。
審査部はEP特許出願の一部のみに拒絶すべき理由がある場合でも、出願全体を拒絶しなければならない。あるクレームに特許を付与し、残りのクレームのみを拒絶するというようなことはできない。一方、出願人においては、可能な限りクレームの範囲を広く確保しようとするが、出願当初の内容のどこまでを権利取得するために維持すべきかの判断が困難な場合がある。
このような事情に鑑みて、審査手続きを明確化することによって、審査を促進させるとともに、出願人がその見解を(不当に)放棄させることがないようにすることを目的とする。